自己紹介とブログの目的


佐藤ダインの経歴

漫画家の佐藤ダインと申します。

ふんわりジャンプにて「僕に彼女が出来るまで」という作品を連載していました。
31歳童貞が人生初の彼女を作るために奮闘する実録エッセイです。

ブログを始めるに当たり、簡単に経歴を書いてみようと思います。

1984年、茨城県久慈郡大子町にて4人兄弟の3男として生まれる。

写真は恐らく、青森に家族旅行に行った時です。腕を怪我してるので、小学校4年生の時でしょうか。鉄の棒が十字になっていて、それにぶら下がる遊具(僕たちは「十字架」と呼んでいた)から落下して左手首を骨折しました。それが夏休みの初日で、2学期が始まる時には既に治っていたので誰からも「大丈夫?」と言ってもらえない最悪のタイミングでした。

小、中学校時代はサッカーに打ち込みました。

 何だかお腹が痛そうですが、多分寒いんだと思います。サッカーの試合は勝ち負けがあって楽しいんですが、練習はそんなに好きじゃなかったです。毎週土曜日にスポーツ少年団の練習があったんですが、いつも『雨よ、降ってくれ!』と祈ってました。それでも駄目ならコタツで体温計を温めて仮病を使って休んだりしてました。お母さんごめんなさい。

この頃から漫画は好きで、特に読んでいたのは「ドラゴンボール」と「ダイの大冒険」です。ペンネームの由来についてよく聞かれるのですが、「ダイン」は「ダイの大冒険」の「クロコダイン」というキャラクターから拝借しました。

高校時代は、X japanのhideに憧れてバンドを組んでいました。

写真は、ギター教室の発表会の時の様子です。
バンドの初ライブの時の悲劇はこちら→32年の人生で1度だけ本命だったかもしれないチョコをもらった話

2003年に芸術系の大学に進学し、神奈川県で一人暮らしを始めます。

なんか絶妙にムカつく表情をしてますね(笑)そう言えば、大学生の時、軽音サークルに所属していたんですが、ライブハウスでサークルのバンドのライブを見ていた時、チューハイを飲んでそのまま卒倒して、またも左手首を骨折しました。

この頃に初めて漫画を描いて投稿しました。こんな感じの漫画を描いてました。

少年ジャンプしか知らないのでジャンプに送ってみたものの、もちろん何の反応もありませんでした。

2007年に取扱説明書などを制作する会社に就職し、東京へ。漫画を描くことからはしばらく離れていたのですが、知り合いが同人誌即売会に参加していた影響で僕も参加するようになり、プロを目指したいという意識が芽生えました。

ただ、この頃は会社での仕事のストレスからか、暗くて主人公の性格が悪い漫画を描いてました。だけど親バカと言うか、この頃の自分の漫画は結構好きだったりします。負の感情をそのまま詰め込んでいるからかもしれません。
こちらで読めます→短編集

2011年に会社を退職します。もっとクリエイティブなことをしたいという欲求と、それが出来ないもどかしさは常にあって、悶々としながら4年半働いてやっと決心したという感じです。

クリスマスイブの日、LUNA SEAの復活ライブのチケットを買ってあったのですが、仕事が終わらず会社に泊まるはめになり、悔しくて会社近くのコンビニでケーキを買ってきて誰もいないオフィスで食べたことは今となっては良い思い出です。

サラリーマンをやってみて感じたことは、「共同作業は向いてないな」ということです。人間関係でのストレスが大きく、同じ部屋で同じ人間と何時間もいることが苦痛でした。そういった意味で、「漫画だったら一人で出来るかも」という考えもありました。

翌年から漫画のアシスタントを3年間務めます。

サラリーマンを辞めた時は何も決まってない状態で辞めたのですが、当時、大井町に住んでいて家賃が高かったため、安い所に引っ越そうと思い、サブカル憧れで中央線の三鷹に引っ越しました。

その後、アシスタント先を探すわけですが、お世話になることになった先生の事務所が引越し先から徒歩5分で何か運命的なものを感じました。

漫画を描いたことはありましたが、背景を描くスキルは無いに等しく、実技試験も時間内に終わらせる事が出来ませんでした。

その時の試験の内容と解説がここにまとめられています→漫画家・佐藤秀峰氏のアシスタント試験

ちなみに僕は「Cさん」です。けっこうボロクソに言われてる…。

繰り上げ合格の形でお世話になることになったのですが、初日、『やるのは枠線引きと消しゴムかけぐらいかな?』と思っていたら潜水艦のトレース(写真を原稿の下に敷いて作画する)を渡されてビビりました。

1年目は平穏でしたが、先輩方が卒業する頃になると徐々に責任が大きくなり怒られることも増えました。今考えれば、1年目が大分甘やかされていたのであり、普通だったらクビになるレベルだったと思います。先生は普段は優しいですが、作画においては厳しい方でした。その分、沢山の事を学ばせて頂きました。

漫画も結局は共同作業で、精神的に辛い時もあったのですが、夢のためなので頑張れました。サラリーマン時代の『何のために働いてるんだろう…?』という時期に比べたら、間違いなく濃密で有意義な時間でした。

写真は、3年間お世話になった先生の事務所にて、最後の出勤日に撮ったものです。

2013年に「月刊!スピリッツ」に読み切りが掲載されプロデビュー。

その後、「月刊アクション」に読み切りが掲載されるも連載には至らず。

2016年2月、自身の恋愛に対するコンプレックスを描いた漫画「僕に彼女が出来るまで」を自主的に連載。

このあたりの経緯はこの記事に詳しく書いてます→「僕に彼女が出来るまで」が出来るまで

2016年8月、「ふんわりジャンプ」にて「僕に彼女が出来るまで」連載開始。

参照:「僕に彼女が出来るまで」

2016年12月、電子書籍にて「俺本 佐藤ダイン作品集」を発売。

参照:俺本 佐藤ダイン作品集
「俺本 佐藤ダイン作品集」内容紹介  

2017年4月、「僕に彼女が出来るまで」単行本第1巻発売。

参照:「僕に彼女が出来るまで」第1巻

2017年5月、地元のラジオ番組に出演。


参照:地元のラジオ番組に出演します

2017年5月、地元の新聞に掲載。


参照:地元の新聞に載りました

2017年6月、岡田斗司夫さんのニコ生にゲスト出演。


参照:岡田斗司夫さんのニコ生に出演しました

2017年9月、雑誌「ダ・ヴィンチ」10月号の「アラサー男子も、人生色々」という特集で『僕に彼女が出来るまで』が紹介される。

2017年9月、「丘の上のマルシェ」に似顔絵屋で出店。

参照:「丘の上のマルシェ」で似顔絵師デビューしました

2017年11月、漫画愛バラエティ番組『ゲッチメ!』にゲスト出演。


参照:漫画愛バラエティ番組『ゲッチメ!』

2017年12月、「僕に彼女が出来るまで」単行本第2巻発売。

参照:「僕に彼女が出来るまで」第2巻

2017年12月、「ワンダーグー常陸大宮店冬祭り」に似顔絵屋で出店。

2017年12月、「ふんわりジャンプ」にて「僕に彼女が出来るまで」連載終了。
参照:「僕に彼女が出来るまで」

2018年3月、「僕に彼女が出来るまで」単行本第3巻発売。

参照:「僕に彼女が出来るまで」第3巻

現在は、恋活を継続しつつ、漫画家や似顔絵師として収入を得て生活しています。

ブログの目的

主に、自身の活動の宣伝や告知をメインに利用しようと考えています。本が売れない時代と言われて久しいですが、個人でも積極的にプロモーションをしていくことが求められていると思います。その母体となるような場所にしていきたいと思っています。

その他、日記や趣味のことなども書いていこうと思います。
そしてゆくゆくはブログでもマネタイズすることを想定しています。

ブログの他には以下のSNSを利用しています。
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