アイドルの「恋愛禁止」について


前回の投稿で「沈黙-サイレンス-」について書きました。

アイドルを応援することは、宗教と似ていると言われることがあります。
下記は以前別のサイトで公開したものですが、せっかくなのでこちらにも載せようと思います。
*2016年2月に書いた記事です。


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僕はアイドルファンです。特にハロプロを応援しています。と言ってもぬるいオタクに分類されると思います。月に1度くらいライブやイベントに行く程度で在宅ヲタに近いと思います。

そんな中、2月6日からフジテレビ、2月10日からBSスカパーで始まる朝井リョウ原作のJuice=Juice初主演ドラマ「武道館」の試写会イベントに行ってきました。

ドラマの試写の後、舞台挨拶、質疑応答、つんく♂さんサプライズ登場、主題歌披露と盛りだくさんで楽しいイベントでした。

そんな中、気になる発言がありました。それは、「Juice=Juiceにとって、アイドルの恋愛禁止をどう考えているか?」という質問をされた時の宮本佳林ちゃんの発言です。僕は以下のように、解釈しました。

「アイドルはファンのみんなにたくさんの愛をもらっている。特定の人と恋愛するとファンの人への愛よりも特定の人への愛が上回ってしまう。愛をもらってる分、私はみんなを平等に愛したい。」

ほ~なるほどと僕は思いました。それを受けて僕は以下のようなツイートをしました。

「我々は神という絶対的権威の下において平等である。かりんちゃんは我々を「平等に愛す」とおっしゃられた。よって神。」

強引に神にしてしまった感はありますが、少し本音も入っています。しかしながら自宅に帰ってきて、イベントのレポートやネットの記事を見てみると、僕の解釈とは違った発言だったことが分かりました。実際には以下のような発言だったようです。

「人間て、どこかで平等だっていう話を聞くんですけど、アイドルはやっぱり(ファンの)みなさんにたくさん愛をもらっているので、さらに特定の方からの愛ももらうと、人よりも愛の値が上回っちゃう。それではみなさんと平等にならない。だから、愛をもらっている分、アイドルとして我慢をしなきゃいけないんだと思います。」
(音楽情報サイトBARKSの記事より抜粋)

つまり、僕は特定の人「への」愛が問題であると解釈していたのに対して、実際は、特定の人「からの」愛が問題であるという発言だったようです。そんなのアイドル的発言でしょ?と言われてしまえばそれまでですが、それでは面白くないので、ちょっと真面目に考えてみようと思います。

僕なりに考えて、図式化してみました。
まず、僕の解釈からです。

どうでしょうか?

僕の解釈の場合、ファンからの愛の値の差があったとしてもみんなを平等に愛すという図式です。特定の人がいるとその人だけ平等でなくなるから駄目ということです。

次に、実際の発言を元に図式化しました。

アイドルもファンも受け取る愛の値は平等だから特定の人からの愛はもらっちゃ駄目ということです。

しかし、こうやって見ると特定の人の有無に関わらず、愛の値は平等ではないように見えます。

そこで、こうしてみました。

これでなんとなく平等っぽくなりました。つまり、

「アイドルからのめちゃくちゃ大きな愛があれば平等になる!」

という結論です。結局は自分の都合の良い解釈となってしまいました(笑)
とはいえこの結論だと、特定の人がいてもその分みんなをもっと愛すればいいということになってしまいますが、これ以上は野暮なのでこの辺で止めておきます。

ちなみに先のツイートは一応削除しました(笑)

実は原作の「武道館」は未読です。
アイドルの恋愛をどう描くか、ドラマに注目したいと思います。


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「アイドルの「恋愛禁止」について」への1件のフィードバック

  1. 名も無き哲学者さん
    ドル豚で童貞のオナニー漫画を読んで頂いた上に、ブログまで読んで頂き、
    さらにコメントまで頂けるなんて光栄です!
    これからも応援宜しくお願いします!

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