32年の人生で1度だけ本命だったかもしれないチョコをもらった話

学生時代のバレンタインデーの思い出を漫画にしました。
僕にとって強烈に印象に残っている出来事です。

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コミュニケーションについて考える

僕は漫画を描く時に主人公は大体自分自身を投影したものになる。それは自分自身に興味があるし、やっぱり自分が好きなのだと思う。
今、自分の中の問題として、コミュニケーションについて考えることが多い。
今回の記事では、ここ最近で印象に残った文章や、動画などを紹介したいと思います。


今をときめく星野源さんがかつて雑誌で以下のようなことを語っていた。
(以下、引用する文章や会話について僕なりの解釈や要約を含みます。)

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田村芽実さん

アンジュルムの元メンバーである田村芽実さん(以下、めいめい)が舞台を主演することが決まったそうです。


<公式サイト:minako-太陽になった歌姫-

ミュージカル女優になるという夢を着実に実現して行ってるな~と嬉しく思うのと同時に尊敬する気持ちと自分も頑張ろうという気持ちになります。 “田村芽実さん”の続きを読む

アイドルの「恋愛禁止」について

前回の投稿で「沈黙-サイレンス-」について書きました。
アイドルを応援することは、宗教と似ていると言われることがあります。
下記は以前別のサイトで公開したものですが、せっかくなのでこちらにも載せようと思います。
*2016年2月に書いた記事です。

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沈黙

マーティン・スコセッシ監督の「沈黙-サイレンス-」を立川で観てきました。

遠藤周作「沈黙」が原作とのことですが、未読のまま観てきました。
スコセッシ監督が日本を描くということで公開を楽しみにしていました。
以下、ややネタバレを含むかもしれません。ご覧になる予定の方はご注意下さい。

江戸時代初期、日本においてキリスト教が厳しく弾圧されていた頃のお話です。ポルトガルの二人の宣教師が数年前に日本に渡った師の消息を探すため、キチジロー(窪塚洋介)を案内役に日本へ密航する。そこには役人から身を隠しつつキリスト教を信仰する切支丹の村があった…。という導入です。

僕は宗教について無知ですし、キリスト教の歴史も良く分かりません。それでもこの映画を通して、宗教って何なんだろう?と考えさせられます。洋画を観ているとよくキリスト教をモチーフに話が展開したり、教会が出て来たりと生活に根付いているのを感じます。

なぜ宗教が生まれたのだろう。人を不安や恐怖から救済するため?映画の中で、キリスト教を信仰しているかどうかを確認するために、役人によって村人が「踏絵」をさせられるシーンが何度も出てきます。そこで村人達は究極の選択を迫られます。神への信仰を示すために踏まない。もしくは神を裏切って踏む。動作としてはとても簡単な動きですが、そこには重大な意味があるようです。もし踏まないのなら連行されたり、殺されたりします。それでも踏まない者もいるのです。

映画で「彼らは殉教することで神への信仰がより強固になると信じている」というニュアンスの台詞がありました。僕はそれはとても恐いなと思いました。死後の世界があって、そこは飢えや苦しみがない。それはとても素晴らしいことですが、そのためには現世でどんな苦しみにも耐えなければなければならないのでしょうか。現状の苦しさを変えられないならせめて死後の世界で…ということなのだろうか。それでもやっぱり現世で幸せになりたいです、僕は。

宗教を広める意味って何だろう?国をまとめるため?人それぞれ信じるものがあれば良いのでは?

主人公は、棄教(キリスト教の信仰をやめる)をすれば村人が助かるという状況に何度も遭遇します。そのたびに神の沈黙を感じます。主人公が最期、どのような選択をするのか、是非確かめてみて下さい。

「沈黙」は面白かったし、色々考えさせられたけど、スコセッシ監督だったら、何も考えず、ぶっ飛んでるレオ様がただただ愛おしい「ウルフ・オブ・ウォールストリート」もお勧めです。


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